【導入事例 Vol.57】
千葉大学 特任准教授 安田賢司様

■経歴
京都工芸繊維大学 工芸学部卒業後、2013年3月京都大学にて博士(エネルギー科学)を取得。2015年に千葉大学 大学院理学研究院化学研究部門の特任助教に着任し、2022年より特任准教授、2025年からは量子生命構造創薬センター特任准教授を務める。統計熱力学や分子動力学シミュレーションを基盤に、膜タンパク質の構造安定性や機能の理論的解明に取り組む。自由エネルギー計算による安定化変異予測など、創薬応用を見据えた研究を推進している。
■生体構造化学研究室ではどのような研究に取り組まれていますか?

私が所属する生体構造化学研究室では、タンパク質の構造と機能の解明を主軸に研究しています。中でも、細胞膜に存在する「膜タンパク質」を主な対象としています。膜タンパク質は、生体内のタンパク質の約30%を占め、物質輸送やシグナル伝達、生体エネルギーの産生・変換など、細胞機能において重要な役割を担っています。創薬の観点からも極めて重要で、膜タンパク質あるいは膜結合・分泌系分子は、現在の医薬品標的の大きな割合を占めています。しかし、膜タンパク質は疎水性が高く取り扱いが難しいため、構造解析はいまなお困難であり、近年大きく進展しているとはいえ、可溶性タンパク質に比べると構造情報は依然として限られています。
一方で、膜タンパク質は非常に不安定で壊れやすく、精製や構造解析が難しいという課題があります。そのため当研究室では、この不安定性を克服するための技術開発に取り組んでいます。昨今の技術革新により、構造解析の精度は向上し、膜タンパク質の安定化技術や抗体作製技術の開発は加速しています。
当研究室ではこうした基盤技術の確立によって、これまで解析が困難だったタンパク質の理解を深め、創薬関連膜タンパク質の詳細構造を明らかにすることで社会貢献を目指しています。
■次に、安田先生ご自身の研究内容について教えていただけますか?

私は計算科学の立場から、「膜タンパク質をどうすれば安定化できるのか」を理論的に評価する研究に取り組んでいます。具体的には、統計熱力学に基づく自由エネルギー計算を用いて、どのアミノ酸を別のものに置き換えればタンパク質が安定化するかを予測する技術を開発しています。
タンパク質はアミノ酸が連なった鎖状の分子で、その並び方によって特定の立体構造に折りたたまれます。構造解析のためには、安定した状態を保つことが非常に重要です。私たちは計算によって変異候補を高速に評価し、実験で検証することで、効率的に安定化条件を見いだしています。特に、水の並進配置エントロピーという物理量に着目している点に特徴があります。水の分子は常に動き回り、好きな場所に動ける「自由度」を持っています。この“自由度の高さ・低さ”を示すのが「並進配置エントロピー」なのですが、水分子の自由度の変化が、タンパク質の安定性にどう影響するかといった点に注目しているというわけです。
また、タンパク質同士や薬剤などのリガンド(特定の相手にくっつく“鍵”のような分子)との結合の強さについても、同様の理論を用いて評価しています。さらに、分子動力学シミュレーション(Molecular Dynamics Simulation:MD)を組み合わせることで、タンパク質の動きや構造変化も含めて、より現実に近い評価を可能にしています。
また私は現在、千葉大学での研究活動に加えて、大学と製薬会社の双方をつなぐ位置づけで、産学連携のプロジェクトを推進しています。「量子生命構造創薬センター」という新たな組織にも所属し、QST(National Institutes for Quantum Science and Technology 国立研究開発法人 量子科学技術研究開発機構)との共同研究を進めています。QSTとの連携により、動物実験をはじめとする高度な研究設備を活用できる環境が整っており、より発展的な創薬研究に取り組めている状況です。学生募集もしているのでぜひ興味のある方には参加していただきたいです。
■HPCを導入される前にはどのような課題がありましたか?
以前は外部の計算環境をリモートで利用していましたが、ジョブ投入数やデータ転送の制約があり、思うように研究を進められない場面がありました。特に、自由エネルギー計算では多数のCPUコアを必要とし、分子動力学シミュレーション(MD)ではGPUを長時間占有するため、計算資源が不足すると解析から実験検証までのリードタイムが長くなってしまいます。
それに加えて、学生指導の観点でも課題がありました。外部環境に依存していると、学生が自由に計算を試すことが難しく、研究の継続性や教育効果にも影響が出ていたのです。そのため、研究室内に計算環境を整備し、常時利用できる体制を構築する必要性を強く感じていたのです。
■2018年にHPCを導入した決め手と、アプライドを選ばれた理由を教えてください。

最初にアプライドを知ったのは、大学に定期的に届いていたカタログだったと記憶しています。そのカタログを見て、当時3~4社ほど見積もりを取ったのですが、その中の1社としてメールで問い合わせをさせていただいたのが始まりでした。導入にあたっては複数社から提案を受けましたが、最終的な決め手となったのは、柔軟な対応力とサポート体制でした。
具体的には、OSの変更や必要なソフトウェアのプレインストールなど、研究内容に合わせた細かな要望に丁寧に対応していただけた点が非常に大きかったです。研究用途の計算機は、単に高性能であればよいというものではなく、ソフトウェア環境との整合性や運用のしやすさが重要になります。その点について、こちらの要件を理解したうえで最適な構成を提案していただけたことは大きな安心材料でした。
加えて、同等スペックの中でも価格面で優位性があったこと、そして導入後のサポート体制が明確であったことも評価しました。7年前の導入以降、実際に運用していく中でのトラブル対応まで見据えて選定できたことが、現在の継続利用につながっていると感じています。現在は、研究室全体で13台ほどのマシンを導入しており、それぞれの役割に応じて使い分けている状況です。
■弊社から購入いただいたHPC導入後、感じておられる効果について教えてください。
もっとも大きな変化は、研究のスピードと自由度が飛躍的に向上したことです。研究室内で常時計算を回せるようになったことで、複数のターゲットを並列に解析できるようになり、探索と検証のサイクルが格段に速くなりました。
また、計算から解析・データ集計までを一連のパイプラインとして整備したことで、再現性の高い研究運用が可能になりました。これにより、学生でも一定の手順に沿って研究を進められるようになり、教育面でも大きな効果を感じています。
さらに、ハードウェア性能の向上により、従来は時間のかかっていたシミュレーションも現実的な時間で実行できるようになりました。例えば、分子動力学シミュレーション(MD)では、2~3日程度で一定の解析結果を得られるようになっており、研究の試行回数を増やすことができています。
■継続してアプライドを利用されている理由は何でしょうか?

継続利用の理由としてもっとも大きいのは、運用面での安心感です。同一ベンダーで統一していることで、トラブル発生時にも一括して対応していただけますし、環境の整合性も保ちやすくなります。
特に印象的なのは、現地でのサポート対応です。機器の設置やセットアップはもちろん、トラブル時には回収・修理対応まで一貫して行っていただけるため、私たち研究者側の負担が大幅に軽減されています。
研究において重要なことの一つは時間の使い方です。機器トラブルへの対応や環境構築に時間を割かれるのではなく、本来注力すべき研究そのものに集中できる環境を維持できている点は、非常に大きな価値だと感じています。
■今後の研究の展望について教えてください。
今後は、単一の変異だけでなく、複数のアミノ酸変異を組み合わせた最適化へと研究を発展させていきたいです。これにより、より大幅な膜タンパク質の安定化を実現し、これまで扱えなかったタンパク質の解析にも挑戦していきたいです。
また、リガンド結合の自由エネルギー計算を活用し、高親和性の分子設計にも取り組んでいきます。近年はAIによる構造予測技術が急速に進展しており、これらと私たちの理論計算を組み合わせることで、より精度の高い創薬研究が可能になると期待しています。
最終的な目標は、こうした研究成果をアカデミア発の創薬へとつなげることです。理論、シミュレーション、実験を統合することで、新たな医薬品開発に貢献していきたいです。
































